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浦和地方裁判所 昭和61年(ワ)453号 判決

主文

一  被告は、原告らそれぞれに対し、金九七九万六七〇一円及び内金九〇九万六七〇一円に対する昭和五九年三月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の、その余は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らそれぞれに対し、金二八〇三万七六七六円及び内金二五五三万七六七六円に対する昭和五九年三月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告両名の地位

原告両名は夫婦であり、訴外亡迫英参子(昭和五四年三月八日生まれ、以下「英参子」という。)は原告両名の長女である。

2  転落事故の発生

原告両名、英参子は、昭和五九年三月当時、草加市西町三五七番地七に居住していた。英参子は、昭和五九年三月二三日午後三時四〇分ころ、原告両名の自宅から道路を通って行くと、一二三・七五メートルの所にある草加市西町四八九番地三所在の矢作方北側水路(幅員一・九四メートル、深さ約一・九メートル、長さ約三五メートルの溝で、両壁面はコンクリート、水底部は自然の泥のままで、本件事故当時水が停滞し水深は一・三五メートルであった。以下「本件水路」という。)付近で友人の小橋裕子(当時五才、以下「裕子」という。)と一緒に遊んでいたところ別紙現場見取図BからCの間のいずれかの地点で本件水路に転落し水中に没し、間もなく水中から引き上げられたが、翌二四日午前七時五一分、溺死により死亡した。(以下右転落事故を「本件事故」という。)

3  被告の責任

(一) 国家賠償法二条の責任(主位的主張)

(1) 本件水路は被告の管理する公の営造物である。

(2) 被告の本件水路に対する管理は以下のような瑕疵があり、これにより本件事故が生じた。

本件水路は、幼児、児童らが転落した場合、自力で這い上がることは不可能な状態であった。

本件水路は市道九七〇号線の路心から五五・二メートル入った所にあり、本件水路付近一帯は、本件事故当時、新興住宅密集地であるとともに、畑、小雑木林、池沼等があり、本件水路の北側、南側は空き地で、本件水路の南側は子供の遊び場となっていた。このような本件水路の周囲の状況から、付近住民とくに子供が本件水路に近づくことが予想された。

以上のような本件水路の構造、危険性、周囲の状況などから、被告は子供達が本件水路に近づいてもなんら危険のないように本件水路の両側に防護柵を設置するか、または鉄板もしくはコンクリート板を本件水路に渡して蓋かけをすべきであった。ところが被告はそのような処置をなんら講じていなかった。

(二) 国家賠償法一条の責任(予備的主張)

被告は、本件水路を造成、設備した某不動産会社から昭和五九年一月本件水路の管理を引き継いだ際、本件水路の安全性を充分に検討、調査し、付近住民の意見を聴き付近住民に本件水路の存在を周知させ、これらにより本件水路への転落事故が発生するのを未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、このため英参子は本件水路に転落し溺死した。

4  原告らの損害

原告らは本件事故により以下のような損害を被った。

(一) 英参子の逸失利益

英参子は、死亡当時満五才の健康な女の子であったから、本件事故にあわなかったならば満一八才から満六七才までの五〇年間は稼働しえたものと推定され、右期間中、全産業労働者中の女子労働者の平均賃金と同額の収入を得ることができたはずである。したがって、昭和五九年の賃金センサスの全産業労働者中の女子労働者の年間賃金二一八万七九〇〇円に家事労働分として六〇万円を加算した二七八万七九〇〇円から、控除すべき生活費を三割とし、中間利息の控除につき新ホフマン式年別複利計算法を用いて死亡時における逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり三五一七万五三五二円となる。

(2,187,900+600,000)×0.7×18.0245=35,175,352

原告らは、英参子の両親として、二分の一宛各一七五八万七六七六円を相続した。

仮に右金額が認められないときは、昭和六一年の賃金センサスの全産業労働者中の女子労働者の年間賃金二三八万五五〇〇円にベースアップ分として五パーセントを加算した二五〇万四七七五円から控除すべき生活費を三割とし、中間利息の控除につきライプニッツ式年別複利計算法を用いて死亡時における逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、一六八九万三九八〇円となる。

2,385,500×1.05×0.7×9.6353=16,893,980

原告らは、英参子の両親として、二分の一宛各八四四万六九九〇円を相続した。

(二) 葬儀費用  各四五万円

(三) 慰謝料  各七五〇万円

原告らは英参子の死亡により筆舌に尽くしがたい精神的苦痛を被った。この精神的苦痛を慰謝するには、原告ら各七五〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用  各二五〇万円

原告らは、被告と本件事故に関する損害賠償の問題について再三にわたり話し合ったが、埓があかないためやむをえず本件訴訟代理人に本訴の提起を委任したが、右委任に際し約した手数料、報酬のうち本訴請求額の約一割の各二五〇万円を被告に負担させるのが相当である。

5  よって、原告らは、それぞれ、被告に対し、主位的に国家賠償法二条に基づき、予備的に同法一条に基づき、右損害金合計二八〇三万七六七六円及び弁護士費用を除いた二五五三万七六七六円に対する本件事故の日である昭和五九年三月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  請求原因2のうち原告両名、英参子は昭和五九年三月当時草加市西町三五七番地七に居住していたこと、本件水路の深さが約一・九メートルで水底部は自然の泥のままであったこと、本件事故当時水が停滞し水深は一・三五メートルであったこと、本件事故当時幼児、児童らが本件水路に転落した場合自力で這い上がることは不可能な状態であったこと、英参子は原告両名の自宅から通って行くと一二三・七五メートルのところにある本件水路に転落したことは認める。英参子が転落したのが別紙現場見取図BからCのいずれかの地点であるとの部分は否認する。英参子が転落したのは別紙現場見取図Cであった。その余は知らない。

3  請求原因3(一)(1)は認める。

同3(一)(2)のうち本件水路は市道九七〇号線の路心から五五・二メートル入った所にあること、本件事故当時本件水路付近一帯は畑、小雑木林、池沼があったこと、本件水路の北側、南側は空き地であったこと、被告は本件事故当時本件水路に子供の転落を防止する処置をなんら講じていなかったことは認めるが、その余は否認する。本件水路の幅員は場所により多少異なるが内側で一・七八メートル、長さは一八・一八メートル(既存の部分を合わせれば、三二・六〇メートル)であった。本件水路の北側は農道で一般人が通行することは予想されないし、いわんや子供の遊び場ではないから、原告らの主張するような処置を講ずる必要はない。

同(3)(二)のうち、被告が本件水路の調査をしなかったこと、付近住民の意見を聴かなかったことは認めるが、その余は否認する。

4  請求原因4は知らない。

三  被告の主張

1  本件事故は英参子の危険な行為に基づき生じたもので、被告には本件水路の管理の瑕疵はないこと。

英参子は本件水路の南側にある高さ約五〇センチメートルのブロック塀を越え本件水路に近づいたものと推察される。しかし、五才の幼児が高さ五〇センチメートルのブロック塀を越え本件水路に向かうという行為は、相当の心理的抵抗を伴う行為であり、英参子がなした右行為は被告が通常予測することができない危険な行為である。また、英参子の本件水路への転落が一緒に遊んでいた裕子が警察官に供述したように「二人でコンクリート面に立って片足で遊んでいた」結果生じたのならば、英参子がなした右行為は被告が通常予測することができない危険な行為である。よって、被告の本件水路の管理には瑕疵がない。

2  過失相殺

英参子の本件水路への転落が裕子が警察官に供述したように「二人でコンクリート面に立って片足で遊んでいた」結果生じたのならば、五才程度の幼児なら、本件水路上のコンクリート面に立って片足で遊ぶ行為が危険であることを認識し右危険を回避する能力を有しているのが普通だから、英参子の右過失は損害額算定の際斟酌されるべきである。

また、原告両名は、監督義務者として、平素英参子が通行したり遊んだりする場所について常にその状況を認識し、危険を回避するために必要があるときは英参子の行動を制限し、あるいは注意を与えるなどしなければならないのに、これを怠ったのであるから、右監督義務者の過失は損害額算定の際斟酌されるべきである。

四  被告の主張に対する認否、反論

1  被告の主張1に対し

争う。

英参子は本件水路の南側にあるブロック塀を越え本件水路に近づいたものではなく、本件水路の西側から本件水路に近づいたものと推察される。仮に英参子が本件水路の南側にあるブロック塀を越え本件水路に近づいたとしても、本件事故当時本件水路の南側は宅地造成地として空き地となり子供の遊び場にもなっていたから、子供が右ブロック塀を越え本件水路に近づくことは被告にとり当然予想できることであった。

2  被告の主張2に対し

争う。

本件水路の管理の瑕疵は、被告の未必の故意または重大な過失により生じたものといっても過言ではなく、地方公共団体である被告が本来対等な私人間における損害の公平な分担をはかるための制度である過失相殺を主張することは、権利濫用にあたり許されない。

また、原告両名は本件水路をまったく知らなかったし、被告から本件水路の存在についてなんら報告もなかったため、英参子に対し本件水路について注意、指導することができなかったものであり、親権者として英参子を監督すべき義務を怠ったとはいえない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1(原告両名の地位)は当事者間に争いがない。

二  請求原因2のうち原告両名、英参子は昭和五九年三月当時草加市西町三五七番地七に居住していたこと、本件水路の深さが約一・九メートルで水底部は自然の泥のままであったこと、本件事故当時水が停滞し水深は一・三五メートルであったこと、英参子は原告両名の自宅から歩行距離一二三・七五メートルのところにある本件水路に転落したことは当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によれば、英参子が本件水路に転落したのは昭和五九年三月二三日午後三時四〇分ころであったこと、本件水路の幅員は外寸で一・九メートル、長さは約三二・七メートルであること、本件水路の両壁面はコンクリートであること、英参子は本件事故直前友人の裕子と一緒に遊んでいたこと、英参子の落下地点は別紙現場見取図のC付近であったこと、英参子は水中に没し間もなく引き上げられたが翌二四日午前七時五一分溺死により川口誠和病院において死亡したことが認められ(る)〈証拠判断省略〉。

三  請求原因3(一)について

1  請求原因3(一)(1)(本件水路は被告の管理する公の営造物であること)は当事者間に争いがない。

2  請求原因(被告の本件水路に対する管理の瑕疵など)について

(一)  請求原因3(一)(2)のうち幼児、児童らが本件水路に転落した場合自力で這い上がることは不可能な状態であったこと、本件水路は市道九七〇号線の路心から五五・二メートル入った所にあること、本件事故当時付近一帯は畑、小雑木林、池沼があったこと、本件水路の北側、南側は空き地であったこと、被告は本件事故当時本件水路に子供の転落を防止する処置をなんら講じていなかったことは当事者間に争いがない。

(二)  右争いのない事実、前記認定事実、〈証拠〉を総合すれば以下の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 本件水路は別紙現場見取図記載のとおり、本件事故当時空き地であった草加市西町四八九番地三所在の宅地造成地(以下「南側宅地造成地」という。)のすぐ北側に位置する。

(2) 本件水路はコンクリート製の柵渠溝で、東西に延び、幅員は外寸で一・九メートル、長さは約三二・七メートル、深さは約一・九メートルで、コンクリート製の梁(幅〇・一二メートル、高さ〇・一メートル)が本件水路を横切るように内寸〇・九メートルの間隔で設置されており、本件事故当時、本件水路は水が停滞し水深は一・三五メートルであった。

(3) 本件水路は、その西端から一八・一八二メートルまでの部分(以下「西側水路」という。)とそこから東端までの部分(以下「東側水路」という。)とで、設置時期が異なるが、両部分は接続し、本件事故当時は機能上、一体となっていた。

(4) 本件水路は国道四号線の西方約二五〇メートルに存在する。本件事故当時、本件水路付近一帯は新興住宅地で、かなりの数の住宅が存在し、近所に住む子供達(以下「子供」という。)は本件水路に隣接する南側宅地造成地付近、さらにその西側の空き地付近を遊び場として利用していた。

(5) 本件事故当時、子供が本件水路へ出入りする可能性、及びそれを予防する設備は以下のとおりであった。

本件水路の東側は南北に走る市道(幅員四・〇メートル)があり、本件水路と右市道との境目には高さ〇・九メートル、横幅一・九メートルの金網フェンスが張られ、子供の侵入は防止されていた。

本件水路の南側は、西側水路の南端から南に〇・一メートルのところに南側宅地造成地の盛り土を支えるためのブロック塀三段(地表から〇・六メートル内外)が設置され、東側水路の南側は高橋方住宅があり、東側水路と高橋方住宅との間には前記ブロック塀の延長上にブロック塀が二段(地表から〇・四メートル内外)設置され、さらにその上に高さ約〇・九メートルの鉄柵が設置されていた。

そして、大人のみならず子供も南側宅地造成地からブロック塀を乗り越えれば西側水路付近へ侵入できる状態であり、現に本件事故当時付近住民の中にはそのように侵入する者がいた。

本件水路の西側は、本件水路の終了地点に続いて以前からある素堀水路が続き、右素掘水路には本件事故当時五センチメートル内外の深さに水が溜まっていたが、子供が右素堀水路のある本件水路の西側方面から自由に西側水路付近へ入れる状態であった。また、本件水路の西端から一・九メートルのところに、渡り板(長さ二・〇五メートル、幅〇・九六メートル、厚さ〇・一メートルのベニヤ板三枚重ねのもの)が本件水路に渡され、本件事故当時、南側宅地造成地と本件水路の北側にある農道とを結ぶものとして地元住民らが利用していた。右渡り板の上に立った子供が本件水路の南端部分のコンクリート(幅〇・二二メートル)の上、北端部分のコンクリート(幅約〇・二二メートル)の上、さらに梁部分(幅〇・一二メートル)の上を歩くことは別段支障なく可能であった。

本件水路の北側は、畑地となっており、子供が本件水路の北側方面から自由に本件水路付近へ入れる状態であった。

(6) 英参子は、本件事故当時私立フラワー幼椎園に通っていたが、昭和五九年三月二三日午後一時三〇分ころ、自宅を出て西側数一〇メートルのところにある裕子の自宅(草加市西町三七一番地三所在)へ行き、さらに同日午後二時すぎころ、裕子と二人で外へ遊びに出かけた。その後、二人は同日午後三時四〇分ころ本件水路付近で遊んでいたが、英参子は別紙見取図C付近から誤って本件水路に転落した。転落前、英参子は本件水路の上付近でときどき片足を地面から離し遊んでいた模様である。

(7) 本件水路の東側と市道との境目には金網フェンスが張られ本件水路への子供の侵入は防止されていたが、西側水路の南側にあるブロック塀は当時満五才の英参子でもその年齢から推測される身長から考え充分乗り越えられる高さであり、本件水路のその他の方向(東側水路の南側を除く。)も子供の侵入は防止されていなかった。したがって、英参子が本件事故の直前どのような経路で本件水路に接近したかは不明である。

(8) 南側宅地造成地を造成した不動産業者が、それ以前にあった農業用用水路を、被告の行政指導に基づき、コンクリートとしたものが、西側水路である。

被告は、右業者への整備依頼、検査、確認、市長決裁、完了通知書の発行、引き継ぎなどの手続を経て、本件事故の約二ケ月半前である昭和五九年一月四日、西側水路の移管を受けた。被告の完了検査の際、本件水路の水位は約〇・二メートルほどであったが、その後降った雪や雨のため本件事故当時水位が一・三五メートルとなっていた。

したがって、被告としては、西側水路の移管を受けるにあたり、本件水路の構造、周囲の状況、本件水路の危険性(当時水位は約〇・二メートルほどにすぎず本件事故当時と比較すると浅かったが、被告にとり、その後の気象状態により水位が増加することは充分予想することが可能であった。)を知りうる機会があった。しかし、被告は本件水路に子供などの転落を防止する処置を講じなかった。その理由は、「当該の個所は、両側が民地になっており、こうした場所には、一般的に市の関係からの安全対策は行っていない。」こと、「開発区域の水路と接している個所は、土地分譲を受けた方がブロック塀を設置すると予想し、ネットをやった場合には二重の安全装置となると考えたため、関係課との調整は行ったが指導はしなかった。」ことなどによる。

(9) 被告は、東側水路を西側水路の移管を受ける以前から管理してきた。被告がいかなる経緯で東側水路の管理を開始したか不明であるが、被告は東側水路の管理開始後、なんら転落防止のための処置を講ぜず、本件事故当時まで放置してきた。

(10) 本件事故後、被告は原告らの要望に基づき本件水路上に鉄板を渡し蓋かけ工事をした。

(11) 被告市内において、本件事故以前本件事故と同じような蓋かけのされていない水路への幼児らの転落事故が昭和四〇年ころ、昭和五〇年ころ、昭和五四年ころ発生したことがあった。

(三)  右認定事実に基づき判断する。

本件水路は本件事故当時水が一・三五メートルの深さに停滞し幼児、児童らが転落した場合自力で這い上がることは不可能な状態であり、本件事故当時現場付近は新興住宅街でかなりの住宅が存在し南側宅地造成地付近及びその西側の空き地付近は子供の遊び場として現に利用され付近住民とくに子供が本件水路に近づくことが充分予想され、さらに被告は過去に同種の転落事故を三回経験していたことも考えあわせると、被告は西側水路の移管を受けるにあたり本件水路の危険性を知りえたものと解され、水路の移管を受けて公の営造物とする以上転落事故の発生を未然に防止するため本件水路に相当な危険防護の設備をすみやかに整えるべきであったというべきである。しかるに、被告はなんら首肯するに足りる合理的な理由もなく(土地分譲を受けた者が処置をとることを予想し二重の安全装置となると考えたため指導はしなかったというが、分譲地がただちに分譲されるとは限らず、仮に分譲されたとしてもただちに転落を防止する処置がとられるとは限らないので、被告の主張は合理性がないと解する。)、移管後二ケ月半になるのに本件水路に子供などの転落を防止する処置を未だ講じていなかったもので、公の営造物である本件水路は本件事故当時通常有すべき安全性を欠いていたものと認められる。なお、被告において水路の移管を受けた後前記期間内に右危険防止の設備をとることが著しく困難であり右処置を講じないことを合理化するような技術的、財政的制約があったことを認めるにたる証拠はない。よって、被告の本件水路に対する管理には瑕疵があり、右瑕疵により本件事故が生じたものと認められるから、被告は国家賠償法二条により本件事故の損害を賠償すべき責任を有する。

これに対し、被告は被告の主張1で本件事故は英参子の危険な行為に基づき生じたもので被告には管理の瑕疵はないと主張する。しかし、前記認定のように英参子は西側水路の南側のグロック塀を越えて本件水路付近に近づいた可能性もあり、また本件水路に転落前本件水路の上付近でときどき片足を地面から離し遊んでいた模様であるが、ブロック塀の高さと英参子の年令から推測される身長との比較、同人の年令などから推測される発育程度、行動様式から判断すると、右英参子の右行為を被告が通常予測することができない危険な行為と認めることは相当でないから、被告の主張1は理由がない。

四  請求原因4(原告らの損害)について

1  英参子の逸失利益

英参子は、死亡当時満五才の女子であったことは前記のとおりであり、前記認定事実、〈証拠〉によれば英参子は本件事故直前まで健康であったことが認められるので、本件事故にあわなかったならば満一八才から満六七才までの四九年間は稼働し、少なくとも昭和六一年「賃金センサス」第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計女子労働者の年間平均賃金二三八万五五〇〇円の収入額を得ることができたものと推認されるので、右の額を基礎として、右稼働期間を通じて控除すべき生活費を三割とし、中間利息の控除につきライプニッツ式計算式を用いて死亡時における英参子の逸失利益の現価を算定すると、左記のとおり一六〇八万九〇〇四円となる。

2,385,500×0.7×9.635=16,089,004

原告らが英参子の両親であることは前記のとおりであるから、同人の死亡によりこれを二分の一宛それぞれ八〇四万四五〇二円相続したものと認める。

2  葬儀費用

英参子の葬儀が原告両名により行われたことは、弁論の全趣旨により明らかで、当時右葬儀に通常要すべき費用は、九〇万円を下らなかったものと認められるから、原告らはそれぞれ四五万円の支出を余儀なくされたと認める。

3  慰謝料

原告迫麻子本人尋問の結果によれば、原告両名が英参子の死亡により受けた精神的苦痛には計り知れないものがあると認められるが、一方、原告ら両名とくに原告迫麻子にも後記認定のように本件事故の発生につきかなりの過失が認められること、その他本件口頭弁論に顕れた一切の事情を斟酌すると、原告ら両名の慰謝料はそれぞれ四〇〇万円が相当である。

五  被告の主張2(過失相殺)について

前記認定のとおり、英参子は本件水路への転落前本件水路の上付近でときどき片足を地面から離し遊んでいた模様であり、本件事故の発生について英参子自身に不注意な点があったことは否定できないが、同人は本件事故当時、いまだ満五才半月の幼稚園児であり、したがって通常社会生活に伴い発生することあるべき危険を自分の判断により回避するだけの社会的能力を備えていたものと認めることはできず、英参子自身の不注意を損害額算定の際斟酌することはできない。

次に、原告両名の過失について検討するに、前記認定事実、原告迫麻子本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告迫麻子は英参子に対し本件事故以前本件水路の北西、直線距離にして約一〇〇メートル(英参子の自宅から二〇〇メートル近く)のところにある西町第二公園へ行くときは予め自分に断ってから外出するように言っていたが、近所の空き地などに行く時は交通事故に対する一般的な注意を与えるほか特段注意を与えなかったこと、原告両名、とくに母親の原告迫麻子は英参子に親の監視の及ばない戸外で遊ぶことを許す以上監督義務者として英参子の遊びに行きそうな所に危険な個所がないか予め自ら充分調査し未然に英参子が事故にあうのを回避すべき義務があると解するのが相当であるのに、原告両名は自宅から一二三・七五メートルのところにある本件水路の存在を本件事故発生までまったく認識しておらず前記調査を怠ったものと認められること、本件事故当時原告迫麻子は英参子が裕子と同人の自宅から戸外へ遊びに行く際そこにいあわせたのになんら適切な注意を与えなかったことなどの事実からすると、英参子の当時の年齢から考えて原告両名はある程度英参子に親の監視の及ばない戸外で遊ぶことを許さざるをえないという点を考慮に入れても、原告両名、とくに母親の原告迫麻子には監督義務の懈怠があったものといわざるをえず、このような監督義務の懈怠が本件事故の発生に寄与した割合も、この世に存在する予見困難なさまざまな危険から幼児を保護すべき第一次的責任は、両親である原告ら自身にあるというべきことを考慮すると、かなり高いものといわざるをえない。

原告らは、本件水路の瑕疵は、被告の未必の故意または重大な過失により生じたものといっても過言ではなく、地方公共団体である被告が本来対等な私人間における損害の公平な分担をはかるための制度である過失相殺を主張することは権利の濫用であると主張するが、被告の本件水路の管理に瑕疵があったことは前記認定のとおりであるとしても、被告の未必の故意、または重大な過失により本件水路の瑕疵が生じたとは認められず、被告が過失相殺を主張することはなんら権利濫用にあたるものでないと解する(国家賠償法四条参照)から、原告らの主張は理由がない。

また、原告らは、原告両名は本件水路をまったく知らなかったし、被告から本件水路の存在についてなんら報告もなかったため、英参子に対し本件水路について注意、指導することができなかったものであり、親権者として英参子を監督すべき義務を怠ったとはいえないと主張するが、前記認定のとおり親は子供に親の監視の及ばない戸外で遊ぶことを許す以上監督義務者として子供の遊びに行きそうな所に危険な個所がないか予め充分調査し未然に子供が事故にあうのを回避すべき義務があると解するのが相当であり、本件水路を管理する被告が住民に本件水路の存在を報告しなかったため英参子に本件水路について注意、指導することができなかったとの原告らの主張は、採用できない。

よって、本件損害額の算定にあたり、本件水路の瑕疵の内容、本件事故の態様、原告らの過失の程度などを考慮し、原告らの損害(逸失利益相続分、葬儀費用)に四割の過失相殺をするのが相当である。

六  まとめ

以上原告らそれぞれの損害のうち、被告が賠償すべき金額は、次の計算式のとおり、原告らの逸失利益相続分、葬儀費用に四割の過失相殺をした金額に慰謝料を加算した九〇九万六七〇一円(円未満切り捨て)となる。

(8,044,502+450,000)×0.6+4,000,000=9,096,701

七  弁護士費用

原告らが本件訴訟代理人に本訴の提起を委任したことは弁論の全趣旨により明らかで、本件事案の難易、審理経過、本訴認容額等に鑑み、本件事故と相当因果関係を有するのは、原告らそれぞれ七〇万円とするのが相当である。

八  よって、原告らそれぞれの請求は、被告に対し、金九七九万六七〇一円及び弁護士費用を除いた金九〇九万六七〇一円に対する本件事故の日である昭和五九年三月二三日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用し、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石悦穂 裁判官 田中哲郎 裁判官 窪木 稔)

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